高円宮憲仁親王殿下は,この本に寄せられた序文で,次のよ うに記されている。 海外留学の折りの体験から,雅楽への関心を心がけてこられ た殿下でも,「この十五年ほどでけっこう多くの曲を聴き,舞を観 たことになるのだが,自分でも呆れるほど一向に理解が進まな い。いまだに曲の区別がつかないし,三種類ある『越天楽』の平 調はわかっても,あとの二つはわからない」とその内心を披瀝されておられる。だれもがもつ雅楽への印象である。その殿下がこの本にふれて,「永年の謎が一気に解けた」と述懐されて,「この本は面白い。実に面白い」と評されている。 その通り,この本は,楽部の主席楽長だった著者だから語れる内容がそこここに盛り込まれ,「面白い,実に面白い」本である。 B5版で,普通の本より大きめである。カラフルな装丁,楽器や譜面,舞楽面や雅楽の演奏写真・イラストが各ページ上段に入れられており,たいへん読みやすい構成になっている。 そのなかから,ランダムに話題をひろって紹介してみよう。(文中「」の部分は本文からの引用。) ●よく似た旋律の組み合わせでできている 「欧米の音楽はあたりまえのことだが,一曲ずつ旋律が違う。作曲家は,まずその曲独特のメロディーを創るくとに専念する。」ところが「雅楽の旋律のでき方はまったく違う。その曲独特の旋律を持っている曲も少しはあるのだが,(例えば,越殿楽・陵王)殆どの曲は,二小節から四小節,希に六又は八小節からできた数十種類の旋律のパターンの組み合わせてよって作られている。」からである。(18ページ) また「雅楽は常に篳篥と笛が旋律を奏している」ので「音色に変化がない」。「似たような,又は同じ旋律でも音色の違う楽器が奏すれば,ある程度違って聞こえるのだが,どの旋律でも常に同じ音色で聞こえるので,よけい同じ音楽に聞こえることになる」。 ●初めて習う曲今昔 現在,わたしたちが最初に学ぶのは,「平調・越殿楽」である。雅楽のメロディとしてよく知られているからにそうなったようだ。しかし「雅楽の古書を見ると,『天子に御教授のときは先ず万歳楽の一節を御教授する。昔鳳凰が飛来して(聖王万来)と鳴いた声を楽にした曲なので天子の音楽に相応しい』とあり,また『一般の者に初めて教えるには五常楽を用いる。この曲は(仁・義・礼・智・信)の五徳を楽にしたもので,習い初めの曲に相応しい」とあって,なんとなく雅楽の根底にある精神的な本質を感じさせる。」こうして,平安の殿上人たちはこうして「五常楽」から雅楽の稽古を始めたようだ(37〜38ページ) ●今日の雅楽について―演奏の変化 「少人数が集まってそれぞれの音を楽しんだ管絃も,自然の光の中にその絢爛さを誇った舞楽も,皆一様に大劇場の照明のもとで大勢の観客を前にして演奏されるのが普通になった。最近よく『現代の雅楽は洋楽的に成っている』といわれる。たしかにその傾向にあることは否定できない。だが,観客の多くは,洋楽を鑑賞するのと同じ観点で雅楽を鑑賞されているのではないだろうか。『音程が合っている』,『リズムが性格である』,舞なら「手足の動きが揃っている』,時には『舞の背丈がバラバラで見苦しい』という指摘をされる方も現れる程だ。演奏から雅楽の持つ悠揚迫らざるおおらかさが減り,洋楽的になる原因のなにがしかはそこにもあるのではないだろうか。」「『雅楽は音だけではなく,姿・形・作法総てを含めて雅楽である。姿が見えなくても,音楽が聞こえなくても,時代に迎合して形を変えてはいけない』ということを,実に激しい口調で何度も」指摘された経験を吐露されている。(21〜22ページ)このあたり,吉川英史『日本音楽の性格』で指摘された「和敬清寂」の精神(本誌第25号「雅楽随想」参照)を彷彿とさせられた。 ●大曲・中曲と小曲 大曲の何たるかをめぐって,楽家録に「楽曲の軽重を表す呼び名で『序破急』のように数曲からできている曲を言う」とあって,この分け方は日本で決めたものではないので,はっきりした区別の基準は不明で,「楽曲の始めか終わり,または一具の中の一帖に序吹が入っている曲をいうのであろう」という解釈がなされている。しかし大曲・中曲・小曲という分け方が,雅楽が日本に伝来したときからなされていたとは考えられないし,その基準でいくと,「平調・五常楽」は,「序・破・急」で構成されているから当然大曲の筈である。ところが,「中曲」とある。また,「平調・皇じょう」は「四箇之大曲」と言われているから当然大曲の筈であるが,その「急」は「小曲」になっている。さらに「序吹」の有無からすると,「高麗双調・白浜」のように序吹があっても大曲とはされないものがある。また,「中曲」と「小曲」の区別についても,唐楽の場合,延拍子は中曲であるとされる(大曲以外)。楽家録は「始めに序があって終わりに序のない曲,五常楽の類を言う」と定義している。しかし,譜面の始めに序のない中曲はたくさんあるから,当たらないとも思える。延拍子と早拍子との関連,さらに早拍子でも早四拍子と早八拍子の曲に分けて見ると,後者に中曲が多い。しかし「盤渉調・白柱・竹林楽」のように早八拍子なのに「小曲」となっているものもある,と展開され,古楽において「速度を表す慢曲子・曲子・急曲子」というものがあるが,このような区別が雅楽が日本に伝来したときあったものを,楽制改革の折りに「大・中・小曲」の表示に換えたのではないかと推論され,かくして「大・中・小」は,「その曲の演奏速度をある程度表し」,「曲の品格の高さ」をあらわすと考えられている。(46〜48ページ)なるほど,と納得させられる。 (邑心文庫・B5版,240ページ 平成11年2月4日刊 4800円) |
図書紹介 東儀俊美著『雅楽神韻 天上の舞・宇宙の楽』 |
雅楽部報 《平成12年7月・8月 第167・168号所収》 |