西洋音楽の演奏会は,そのはじめの頃は,演奏家も緊張し,固い雰囲気につつまれるがその曲が,あるいはプログラム全部が終了したときには,楽器を頭上に持ち上げたり,両手を上げて聴衆に応えたりして,非常に開放的になる。
 ところが,邦楽の演奏会,ことに雅楽の演奏会などにおいては,終始「不動の姿勢」「厳粛な顔」を保とうとするのは,何故なのだろうか。
 われわれ雅楽に携わる者にとっては当然のことのように想われるこうした演奏者の姿,顔に,日本人独特の音感・日本音楽の性格を見ることができるという。
 日本人の音感は,正座の音楽と強く結びついている。座ると上体の動きが制約される。西洋音楽の場合,多くは腰をかけて演奏されるので,体を動かしても,それほどめだつこともないし,動かしやすくもある。
 こうした違いが,西洋音楽の「規則的拍節」,日本音楽の「不規則的拍節」,日本音楽の「抑制的性格」と西洋音楽の「開放的性格」という差を生むようになった,と言われている。
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 これは,吉川英史(きっかわえいし)氏の近著『日本音楽の美的研究』(59・1・10 音楽之友社刊)に出てくる話題である。
 西洋音楽に関しては,このような,いわゆる美学的研究は,古くから,盛んに行われ,その成果も数多く発表されているが,日本音楽については,ほとんどなされてなかった,と言っても過言ではなかろう。吉川氏は,この分野の第一人者である。本紙第二五号(昭和55年4月26日刊)のこの欄で紹介したことのある『日本音楽の性格』(音楽之友社刊)は,氏の,いまや古典的とも言うべき名著である。
 このたび――といっても今年の1月なので,些か旧聞に属するかも知れないが――上梓されたこの本は,これまでに発売された同氏の諸論文を1冊にまとめられたものである。
 そのなかから,とくに雅楽に関連の深い話題を拾っておこう。
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 雅楽《越天楽》は,後にいろいろな声楽曲を生んでいるが,その歴史的経過をたどっているのが『越天楽』の系譜―《越天楽》から《黒田節》まで」である。そこでは,「越天楽歌物」がいつごろはじまったのか,どういう内容のものか,について述べられ,謡曲と箏曲としての越天楽歌物は,能楽(謡曲)の越天楽歌物に遅れて,延年の流れをくむ寺院音楽として成立したと述べられている。
 また,「唱歌(楽器旋律唱法)の歴史と原理と機能―三味線と箏の唱歌を中心として―」では,唱歌の意味,歴史などが述べられて後,雅楽の箏の唱歌に似せて歌われていたのではないかと推測されている。
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 以下,収録されている論文の題名のみを掲げて,紹介しておく。
・「音楽」という用語とその周辺
・日本音楽における性の問題
・日本音楽における象徴技法
・民謡と芸謡の音楽性
・明治の日本音楽観
・昭和前期の日本音楽観
・日本音楽に及ぼした文学・演劇の影響
・日本演劇の邦楽に与えた影響
・原始時代のコトを考える
・日本最古の音楽資料絵画としての絵因果経
・三味線の「すががき」
・邦楽に採られた「君が代」
・幻の楽書―『護身法裏書楽書』(仮題)
・平曲の音楽的考察
・邦楽と民謡の関係について
・神道音楽
・現代邦楽の父宮城道雄に及ぼした洋楽の影響
《書評》  吉川英史 『日本音楽の美的研究』
雅楽部報 《昭和59年8月26日 第61号所収》
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