「正倉院の響き」という講演+演奏会に行って来ました。
 これは,奈良市などが主催,「『古都奈良の文化財』世界遺産登録記念公演」と銘打って,十一月二日(午後六時),三日(午後二時・六時の二回),四日(午後六時)と,あわせて四回開かれたものである。

 三部構成でいずれも少しずつ内容が異なるが,わたしが見たのはその最終回(四日)の分。折しも,前真柱様や音楽研究会雅楽部委員のおもだった方々の姿も見られた。
 第一部は「古都奈良の文化財」世界遺産登録記念講演,題して「奈良および正倉院」で,まず,大川靖則・奈良市長が演台に立たれ,このたびの企画が「世界の奈良」への大きな飛躍になるとの期待を表明された。

 つづいて,世界の文化人類学者で,札幌大学学長でもある山口昌男氏の講演。日本における展覧会,美術展,博物館のような催しは明治のはじめまで開催されたことがなかったが,そのなかに奈良を訪れ,奈良に魅せられた人物が多い。そうした人物の魅力について語った。
 つづいて第二部。舞台に正倉院の復元古代楽器をならべて,実際の演奏も交えながら,その音色,構造,歴史,復元の目的など,わかりやすく解説された。この日のテーマは「琴・箏」で日本古来の箏と中国伝来の箏の違い,そして正倉院にのこる楽器の断片からこれを復元された楽器による演奏を披露された。まず,芝祐靖復曲の正倉院箏独奏曲「由加見調子」(演奏:福永千恵子)と「令楽交響―虚階」(演奏:伶楽舎),使用された楽器は,箜篌・排簫・篳篥・大篳篥・方響。方響のひびきは,まるで鳳笙が鳴っていると錯覚するくらいで,その共鳴音はPA経由とはいえ,身震いするほどすばらしいものだった。

 十五分の休憩をはさんで,第三部は「天平琵琶譜の訳譜と演奏」で,「番假崇」の楽譜発見にまつわる話や,その訳譜・復曲の苦心談などを芝祐靖氏が語った後,同氏の琵琶独奏でこれを演奏。つづいて鳳笙・篳篥・龍笛・琵琶の伝統的な雅楽(唐楽)のスタイルで演奏。最初に篳篥のソロではじまり,それに琵琶,鳳笙,龍笛が付けるという順序は従来の雅楽とは異なっていたのが印象に残った。

 さらに,正倉院の復元楽器を使っての令楽版「番假崇」が演奏された。こちらは,琵琶の演奏からはじまりそれに鳳笙が最初単竹でシンプルなメロディを奏でながら琵琶にからんで展開され,次第に神秘的な和音で琵琶の演奏を支える。そして排簫が美しいメロディをのせてくる。それに大篳篥の低音,篳篥が加わり,竿が通奏低音のようにまとわりつく。スティール絃の箏が奏でられ,阮咸・磁鼓などがくわわり,唐楽では表現しえない,色彩ゆたかな音色のすばらしい演奏が続いた。

 筆者は,昭和五十四年五月に,多忠麿先生のレクチュアと「三五要録」所収の琵琶譜「揚真操」の復曲演奏を拝聴した記憶がある。そのときは天平の雰囲気を実感するに至らなかったが,このたびの公演では,そのとき味わえなかった「正倉院の響き」を満喫でき,まことに有意義なものだった。
「正倉院の響き」を満喫  講演と伶楽舎の演奏
雅楽部報 《平成11年11月・12月号所収》
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