現行の雅楽の譜面は,周知のようにカタカの部分(篳篥・龍笛の場合)と,その左側に譜字が記されている。(四,六,丁,〒など)笙の場合はカタカナでなく凡(ちょとちがう),乙,工,上などが示される。これは孔名である。
 これらは各管によってちがうこともあるし,同じ字同じ読み方の場合も少なくない。たとえば,譜字として同一であるが,読み方が違う場合。「」は篳篥では「ハン」,笙では「ボウ」,「一」は篳篥の場合「イツ」,笙の場合は「いち」,「工」はそれぞれ,「コウ」「ク」,「丁」は「テイ」「ゲ」,「六」は「リク」「ロク」である。
 また,同じ音であるが,譜字が異なる場合もある。「ジョウ」は龍笛・篳篥では「⊥」だが,笙では「上」となる。また「ゲ」は笙では「下」だが,龍笛では「丁」である。
 ところで,これらの譜字を,篳篥中心にその音(おん)を比較してみるとおもしろい。とくに,工,六,一,丁である。篳篥では,これらをそれぞれ,コウ,リク,イツ,テイと読む。ところが笙や龍笛では同様に,ク,ロク,イチ,ゲと読むのである。
 ここからは私の推論なので誤っているかも知れない。そのつもりで読んで頂きたい。この読み方の差異に一つの共通点がある。字音である。漢字の字音が系統的に択出されたものとして,呉音,漢音,唐音の三つが普通あげられる。
 日本と中国の文化的摂食は,六世紀頃にわかにふえてきた。その頃に取り入れられた字音が次第に固まったといわれる。この字音がいわゆる呉音である。当時中国は南北朝時代であった。文化の中心は長江下流―古代の呉の国の故地に建国された南朝であったが,のち随・唐が天下統一の後,北朝が唐都となり,江南の発音は呉音と呼ばれて軽んじられていたという。後八・九世紀になると,遣唐使が派遣される。彼らは当時の都,長安で当時の標準語である漢音で学んだ。しかし,日本ではかなり広く呉音が日本人の生活の中に浸透していて,なかなか漢音に改まらなかったという。
 話は少し横道にそれたが,そこで,漢和辞典で,工,六,一,丁を調べてみると,篳篥の場合,コウ,リク,イツ,テイとすべて漢音である。それに対して笙・龍笛の場合の読み方は呉音になっている。
 なぜ,このようになったのでろうか。いちど考えてみたいと思っている。
 「ろく」と「りく」 篳篥と龍笛の手付けの話
雅楽部報 《昭和54年8月26日発行 第17号所収》
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