話題の本 脳の働きと東西の文化
雅楽部報 《昭和53年6月26日 第3号所収》

 西洋の楽器と邦楽(雅楽を含む)のアンサンブルを試みる新曲に,私は以前から興味をもっている。しかし今まで,いろいろな新曲を聞いたが,邦楽器と洋楽器が,どこかくいちがっていて,マッチしないという感想をいつももつ。その原因は,作曲家ないし演奏者にあると思っていたが,角田氏のこの本は,どうもそうではないことを示唆してくれた。つまり,氏の主張から『日本人の脳』にその原因がある,と考えられる。

 それによると,人間の脳の言語機能は左脳に局在し,右脳は言語以外の音楽,機械音等の受容に貢献しており,基本的には,左右の機能差は,どの人種の脳にも共通しているという。

 ところが,日本語の中で成育した者は,言語以外の自然音,邦楽器の音でも,言語機能を司る左脳で受容される。たとえば「コオロギの鳴声」は,西欧人にとっては雑音として左脳,すなわち言語脳で受け取られるが,日本人の場合は,左脳,すなわち言語脳で受容される。つまり脳内で本人も自覚しない左右の脳の自動判別スイッチ機構のようなものがあって,それによって聞き分けられる。しかも,たとえば篠笛とフルートは,よく似た音質であるが,本人にそれが判別できなくても,篠笛(邦楽器)は左,フルート(洋楽器)は右脳に判別されてしまうらしい。
 邦楽器の構成音が正確な倍音関係にないことや,楽器音に含まれるFM音などに,その原因があるようで,持続母音が言語音として扱われる日本人では,母音をもつフォルマント構造に酷似した邦楽器音は,左脳に送られるのであろう。

 結局,洋楽器・邦楽器のアンサンブルを聞くとき,日本人にとっては,言語脳優位になってしまうので,邦楽器のみが浮き上がって聞こえてしまうのであろう。

 以上が,私の関心ある文脈にのせたこの本の紹介であるが,その他,この研究から言語学,比較文化論,認識論などへと,問題が展開されることが考えられる。極めて「学際的話題」を与えてくれる。しかも,それが自然科学的実験のデータをもとに提出されているだけに説得力がある。
 角田忠信『日本人の脳―脳の働きと東西文化―』大修館書店,四六版,2200円。
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