新しい形の演奏会
雅楽部報 《昭和53年5月26日 第2号所収》

 雅楽演奏に際して最も大切なものは何かと問われたら,多くの人は「唱歌」をあげるだろう。雅楽をはじめる人は,最初にこれを練習する。雅楽は唱歌にはじまって唱歌に終わるといっても過言ではなかろう。

 このように唱歌が重要視されるのには,それなりの理由があると思われる。考えてみれば,他の日本の伝統音楽においても,たとえば,尺八・箏などでも,同様のものがあってそれによって微妙な音の表現,感情移入する奏法などが確実に伝承されて来た。

 しかし,伝統音楽に関係する人々の間で,このように重要視されている唱歌は,一般の人々には,触れる機会がなく,その実態はほとんど知られていない。

 さて,国立劇場第三回歌謡公演は,「楽器の旋律を伝承するために歌いやすく記憶しやすく工夫された王朝以来の伝統を持つ異色の歌謡の表現力に光をあてて」,「しょうが(唱歌)─声で表現する楽器の旋律―」が催される。

 6月6日と7日の二日間に分けての公演で,古泉文夫氏による解説もある。まず,6日(火)は午後6時30分から。雅楽・尺八・江戸祭囃子で,それぞれ,乱序・還城楽―唱歌と笙(多忠麿),唱歌と篳篥(東儀兼彦),唱歌と龍笛(芝祐靖),唱歌と三鼓(東儀俊美),唱歌と太鼓(山田清彦),唱歌と鉦鼓(安齋省吾),三谷―唱歌と尺八(横山勝也),屋台―唱歌と篠笛(若山胤雄),昇殿―唱歌と締太鼓(尾股真次),鎌―唱歌と締太鼓(丸鎌次郎),四丁目―唱歌と大太鼓(野間口直),唱歌と当鉦(野口<のぎへんに「周」>留)である。7日(水)も同6時30分から。箏曲・能楽・長唄で,それぞれ,六段―唱歌と箏(中能島欣一),次第―唱歌と能管(一噌幸政),着物イロエ―唱歌と小鼓(北村治),盤渉序ノ舞―唱歌と太鼓(亀井忠雄),送り笛―唱歌と太鼓(金春惣右衛門),波頭・早笛・舞働・キリ地・名乗笛―唱歌と三味線(今藤長十郎),琴唄―唱歌と笛(福原百之助),鼓唄―唱歌と小鼓(望月長佐久),大小鼓地―唱歌と太鼓(藤舎呂雪),獅子物である。

 日本における伝統音楽が,このような形で伝承されている点は,西洋の場合と比較して,非常におもしろいと思う。そこで思い起こされるのは,最近話題を集めている角田忠信氏の脳の働きに関する研究である。それによれば,「西洋人では,言葉や論理,分析を扱う左大脳半球と非言語的な感情音,楽器音,統合を扱う右大脳半球との働きの分化がはっきりしている。このことが,西洋人では論理と感情との区別がはっきりしており,自然と対決する思想に走りやすいという事実とうまく合致している。一方日本人では,言葉や論理と感情音,自然の音が同じ左大脳半球で扱われ,このことは,日本人が論理と感情とを峻別せず,人間も自然の一部とみなして,自然との調和の上に人生を考えるという伝統的なあり方と一致している。しかも,このような大脳の働きのちがいは,日本語では母音が優位をしめており,感情音は母音とよく似た響きをもつことに起因している。すなわち,日本語に特徴的な母音が,上記のような日本人の脳の働きの特徴と深い関係にある」(「日本人の脳」)という。たとえば,虫の声は日本人には音楽として聞こえても西洋人には騒音でしかないらしい。
 こうした差が,音楽伝承の場面にも現れていると考えると興味深い。それはともかく,今回催される国立劇場の公演は,全く新しい企画で,多くの関心を集めることになろう。
 入場料は,両日とも2200円,学生1800円で,劇場窓口で販売されている。
〈戻る〉
〈戻る〉